「ハプスブルク顎の秘密」近親交配と遺伝がもたらした顎の異常とその歴史的影響

呪われた王室
この記事のポイント
  • ハプスブルクの君主に受け継がれた鋭く突き出た顎、ふくらんだ下唇
  • スペインの大学が、スペインハプスブルク家の15人のメンバーを対象に調査
  • 研究の結果「高い近親係数」を持つ者ほど異形特徴が強いことがわかった

「ハプスブルク顎」は、ハプスブルク家の君主たちに見られる顎の特徴で、鋭く突き出た顎とふくらんだ下唇が特徴的です。この異形の顎は、近親交配と遺伝的な影響が重なり合って発生したと考えられており、現在でもその影響を受けた家系の遺伝的特徴として語り継がれています。

この記事では、ハプスブルク顎の背景と、それがどのように遺伝したのか、そしてその歴史的な意義について詳しく解説します。

ハプスブルク家の歴史と近親交配の背景

(少年時代のカルロス1世 ベルナールト・ファン・オルレイ画)

ハプスブルク家は、ドイツ・オーストリアを中心に広大な領域を支配した王家で、その影響力はポルトガルからトランシルバニアにまで及びました。彼らは権力を維持するため、また家系を守るため、しばしば近親者同士で結婚を行い、血統を純粋に保つことを優先しました。

このような戦略結婚が、次第に遺伝的な問題を引き起こし、「ハプスブルク顎」と呼ばれる特徴的な顔立ちが生まれる原因となったのです。

近親交配と遺伝学的影響の関係

近親交配とは、親族内での結婚を指します。

この結婚形態が遺伝的にどのような影響を与えるのかについては、遺伝学的に重要な研究が行われています。ハプスブルク家の場合、血筋を守るために近親婚が繰り返された結果、遺伝的に同じ遺伝子が集中的に表れやすくなり、その影響が世代を超えて続いていくこととなりました。

特に、ハプスブルク顎のような顕著な遺伝的特徴が現れる原因は、このような近親交配によって劣性遺伝子が発現しやすくなる(*) ためです。具体的には、顎の突出や下唇のふくらみ、さらには顔面の構造の変化がこの交配の結果として現れました。

(※) ハプスブルク家のように親族間で結婚が繰り返されると、同じ劣性遺伝子を持つ確率が高くなる。その結果、劣性遺伝子が表に出やすくなり、顎が突き出るなどの特徴が強く現れるようになる。

スペインにおける研究結果

スペイン・ハプスブルク家の君主たちが示した顎の特徴は、遺伝的な影響の具体例として、遺伝学者や医学者によって広く研究されています。

スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ大学の遺伝学者ロマン・ヴィラス率いる研究チームは、スペイン・ハプスブルク家の15人のメンバーを対象に調査を行いました。彼らはディエゴ・ベラスケスのような著名な画家が描いた肖像画を用いて、その外見を分析しました。

ヴィラスと彼のチームは、写実的な肖像画に残されたスペイン・ハプスブルク家の人物に着目。そして、20世代以上にわたる広範な家系図を用いて、分析対象としたハプスブルク家の平均近親交配係数が0.093であることを突き止めたのです。

近親交配係数と「ハプスブルク顎」の強い関係

近親交配係数は、遺伝的な近親性を示す指標で、0.093という高い数値が示すのは、遺伝子の約9%が同じ祖先から受け継がれたことを意味します。この数値は、いとこ同士の子供の近親交配係数(0.0625)を上回り、遺伝的な影響が強く現れることを示しています。

特に、顎の突出や下唇の膨らみといった特徴は、このような遺伝的影響が強く出た結果だと考えられています肖像画を見ても、代々の君主がこの特徴を受け継いでいることがわかります。

スペインハプスブルク家系図 (当時の家系図 同ホームページ作成)

ハプスブルク顎と近親婚

さらに、研究者たちは口腔および顎の外科医に肖像画を見せ、顎前突(MP、突き出た顎)および上顎劣成長(くぼんだ中顔面)の典型的な異常顔貌を持つハプスブルク家のメンバーがどれだけいるかを評価させました。高いスコアは異形顔貌の強い出現を示しました。

この研究では、「平均近親交配係数」が高く、遺伝子の約9%が同じ祖先から受け継がれていることが判明しました。これにより、劣性遺伝子が同族内で対立遺伝子(※)として集中的に現れ、突出した顎や下唇といった特徴が世代を超えて強く現れるようになったというのです。

(※) ハプスブルク家のように親族間で結婚が繰り返されると、同じ劣性遺伝子を持つ確率が高くなる。その結果、劣性遺伝子が表に出やすくなり、顎が突き出るなどの特徴が強く現れるようになる。

実際に見られる「ハプスブルク顎」の事例

カール5世の肖像画 (スペイン家 初代君主 カール5世の肖像画 Supplied via Wikipedia)

実際に、ハプスブルク家の君主たちの顔立ちを観察すると、代々「ハプスブルク顎」が引き継がれていることが分かります。例えば、カルロス1世やカルロス2世などはその顎の特徴が非常に顕著であり、彼らの肖像画を見ても、その顎の突出がはっきりと確認できます。

また、カルロス2世は「呪われた子」とも呼ばれ、非常に深刻な健康問題を抱えていました。彼の近親交配係数は0.25にも達し、その影響が顕著に現れた例として、彼の顔立ちや健康問題が注目されています。

カルロス2世の肖像画  (カルロス2世の肖像画 Supplied via Wikipedia)

カルロス2世と彼の姉マルガリータの近交係数(近親交配の度合いを表す数値)は、親子間、兄弟間で出る数値の4倍だったこともわかっています。しかし実際カルロスの父母は叔父姪婚だったこと、そして父母も近い血の上に生まれたことを考えると納得の数字でもあります。

近親交配の遺伝的影響とその教訓

ハプスブルク家の歴史を振り返ると、近親婚がもたらした遺伝的影響は、単に顎の異常にとどまらず、他の健康問題にもつながっていたことが分かります。

遺伝的な問題が強く現れることによって、家系の繁栄や健康に深刻な影響を及ぼしたという事実は、歴史的に見ても重要な教訓となります。

スポンサーリンク

まとめ

「ハプスブルク顎」は、近親交配の結果として生じた顎の異常であり、これが遺伝学的にどのように表れるかについては、現代の遺伝学の研究においても貴重な事例となっています。

近親交配が進むことで、遺伝的な異常が世代を超えて表れ、顎の突出や顔面の変化といった特徴が強く現れることが明らかになったのです。当時スペイン宮廷の乳児死亡率は、他の王室に比べてとても高いものでした。

権力を外に逃さないため、『高貴な青い血』を汚さないためにかさねられた近親婚の結果が悲劇を招いた中世のスペイン王家。どんなに優れたものであっても、そこに固執してしまっては、良からぬ結果をもたらすことになるのかもしれません。

関連記事

 

タイトルとURLをコピーしました