イギリスの首都のロンドンを流れるテムズ川岸、イースト・エンドに築かれた中世の城塞、ロンドン塔。それはときに王宮として機能し、また高貴なる人々を閉じ込めた刑務所でもありました。
そんなロンドン塔には、いまでも怨念が渦巻いており、人によっては近づくことさえ躊躇われるほどだといわれています。この記事ではいわく付き、幽霊が出るとして観光名所となっている「ロンドン塔の歴史と逸話」をご紹介します。
- 元々要塞として建てられ、巨大な城砦として使われていた「ロンドン塔」
- 王の居城でもあったが、後に「頑強な刑務所」として使われるようになった
- 多くの人々が残酷な最後を迎えた塔には、いまも怨念が渦巻いているという
ロンドン塔とは
ロンドン塔の歴史は遡ること1078年、イングランドを制服したウィリアム1世外敵から (ロンドンを) 守るために、『堅固な要塞』を建設したことがはじまりです。ウィリアムは、この巨大な城砦が
- 国や周りを支配するだけでなく、
- 敗北したロンドン市民の心をも支配する
ことを意図して、この巨大な城砦を建設したといいます。
レンガ職人をノルマンディーから呼び寄せ、石はフランスのから持ってきて、実際の労働の大部分は英国人がおこない、約20年で現在のホワイト・タワーが完成しました。
元は、国を守るために使われた
(1300年時代のロンドン塔年のイラスト Ivan Lapper画)
その後ヘンリー3世 とエドワード1世がウィリアムの城を拡張。
巨大な防御壁と小さな一連の塔を取り付けたり、堀を広げたりして『陛下の宮殿にして要塞といわれたロンドン塔 』を完成させました。それからロンドン塔は国を守ったり支配するためにと、役割を変えながら発展していくことになります。
ロンドン塔が果たしてきた役割
いまは心霊スポットとして知られているロンドン塔ですが、元々国王が居住する宮殿としても使われていたこともあったのです。居城とされたのは1625年までで、そのほかにも14〜19世紀にかけては造幣所や天文台も兼ね、1640年までは銀行、王立動物園があった時代もありました。
ちなみに、ロンドン塔に最後に居住した王はジェームズ1世とされています。
武器庫や金庫としても
1800年代まで武器や鎧はここで作られ、検査され保管されていました。
ロンドン塔はまた、国の資金の供給も統制しており、英国の貨幣は、1810年までタワー造幣局で作られていました。また金庫としても活躍、国王や女王もタワーに貴重品や宝石を保管していたといいます。実はいまでも、王冠の宝石は兵士の守備隊によって守られています。
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ロンドン塔に消えた人々
しかしロンドン塔は、畏怖と恐怖の象徴でもありました。
それはこの塔が、「高貴な人を閉じ込める牢獄」でもあったからです。歴代の君主たちは、壁の中にライバルや、敵を閉じ込めてきました。ロンドン塔で悲劇の最後を迎えたとして有名な何人かをみていきましょう。
塔に消えた2人の王子
(絵画 ロンドン塔の王子たち)
ロンドン塔は1,282年頃から、身分の高い人々を収監、処刑する監獄としても使用されはじめました。14世紀以降は、政敵や反逆者を処刑する死刑場としても使われるようになります。
バラ戦争の間、ヘンリー6世は1471年にここで殺害され、彼のライバルであったエドワード4世の幼い子供達は、1483年に城壁の中に消えました。
この絵画に描かれた怯えた表情の兄弟は、不確かな運命を待つエドワードとリチャード王子だと言われています。尚、その後ひそかに命を絶たれたと言われていますが、塔に閉じ込められた王子らの生死はわかっておりません。(参考:【エドワード5世ら兄弟の運命】ロンドン塔の中に消えた王子たち)
牢獄された王妃たち
(参考:【アンブーリンの生涯】彼女はなぜ王妃になり処刑されたのか)
800年以上の間、多くの人がこの塔へと連れてこられました。
多くは自分がこの先どうなるかもわからないまま塔へと閉じ込められることになりました。数日しか滞在しなかった人もいれば、何年も滞在することになった人物もいます。
とくに王妃を次々に取っ替え引っ替えした悪名高いヘンリー8世を生み出したテューダー朝では、ロンドン塔は国内で最も重要な州立刑務所となっていました。女王候補のエリザベス1世、ジェーン・グレイ(女王となったが政敵に殺された)など、「国の安全を脅かす」と判断された人はどんどんこの塔へ送られることになったのです。
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ロンドン塔に現れる幽霊
たくさんの人が残酷な最後を迎えたこの塔は、曰く付きで、常に「幽霊」の話しが付きまといます。多くの観光客が、ロンドン塔に刻まれた、生々しく恐ろしい歴史に魅了されてきました。
夫であるヘンリー8世によって、斬首刑に処せられたアン・ブーリンは処刑現場であるタワー・グリーンをいまもうろついているといい、王室の許可なしに結婚したために逮捕され餓死したアルベラ・ステュアートは、いまも女王の家に出入りしているといいます。(参考記事:【アンブーリン、首なし幽霊の目撃談 】処刑された王妃の無念)
英国に伝わる、ワタリガラスの逸話
(ロンドン塔のワタリガラス )
また、ロンドン塔の都市伝説としては、「ワタリガラス」の逸話も同じように知られていますね。ロンドン塔には、世界最大級のワタリガラスが一定数飼育されているのです。
ワタリガラスは大型で雑食の鳥で、1666年に発生したロンドン大火で出た大量の焼死者の腐肉を餌に大いに増えたとか………(しかし、実際に記録されている死者はわずか5名だったといわれている)。
ちなみに、チャールズ2世が塔に住み着いたカラスの駆除を考えていたところ、占い師に、
カラスがいなくなれば、ロンドン塔が崩れます。
ロンドン塔が崩れれば、英国は滅びるでしょう
と予言され、それ以来ロンドン塔では、一定数のワタリガラスを飼育するようになったそうです。そこで今では、駆除するのではなく、専用の飼育者がワタリガラスの世話を行っているそうです。
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まとめ
(参考:レディジェーングレイは何故処刑されたのか【権力闘争に巻き込まれた王女】)
元々要塞として建てられ、国を守るための「巨大な城砦」として使われていたロンドン塔。王の居城としても使われていましたが、それは、後に高貴な身分の人々を閉じ込める「頑強な刑務所」として使われるようになっていきます。
多くの人々が残酷な最後を迎えた塔には、いまも怨念が渦巻いているといい、感じやすい人は塔を見ただけで慄き、足がすくむそうです。
ロンドン塔は依然として世界有数の観光名所であり、世界遺産でもあり、世界中から観光客を集めています。王宮であり要塞であり監獄でもあり、数々の偉人の人生を刻み、見届けてきたロンドン塔。英国を訪れた際は、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
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